社会保険制度はすべての労働者にとって重要なセーフティネットです。しかし建設業の社会保険制度、特に労災保険は他の業種と異なる仕組みになっているため、事業者は十分注意しなければなりません。
この記事では建設業向けの労災保険の仕組みや加入の流れについて解説します。
建設業の労災保険は、一般的な業種の労災保険とは加入の仕組みが異なります。
まずは建設業界ならではの特徴である「二元適用事業」と「有期事業」について理解しましょう。
一般的な社会保険制度では、事業所単位で労災保険や雇用保険に加入するのが基本です。これを「一元適用事業」といいます。
これに対し建設業は「二元適用事業」と呼ばれ、労災保険と雇用保険の加入手続きが区別されているのが特徴です。
たとえばひとつの建設事業に元請け・下請け・孫請けなど複数の建設会社が参加している場合、「元請けの会社」が下請けや孫請け会社の分もまとめて労災保険に加入します。
このため下請け企業や孫請け企業は、自社の労働者の労災加入手続きを行う必要がありません。これを「現場労災」といいます。
一方、雇用保険は事業所単位です。同じ建設事業に関わっている元請け・下請け・孫請けの各社は、それぞれ自社が雇用している従業員について雇用保険の加入手続きを行います。
一元適用事業と二元適用事業の違い
一元適用事業 | 労災保険と雇用保険を事業所単位でまとめて加入する |
二元適用事業 | 労災保険は建設事業単位で、雇用保険は事業所単位で加入する |
ただし建設業であっても、建設現場ではなく「事務所で(事務)業務を行う」従業員、たとえば事務員などは、一元適用事業と同じように労災保険と雇用保険の一括加入です。これを「事務所労災」と呼びます。
建設業の労災保険のもうひとつの特徴は「有期事業」です。
一般に建設工事は工期が決められており、工事の目的物が完成すると事業が終了します。当然ながら、建設事業単位で加入する労災保険もそこで終了です。
これに対し建設業以外の多くの業種は、事業期間(事業の終了時期)が決められていないため「継続事業」と呼ばれ、会社が続く限り労災保険も継続します。
有期事業である建設業では、建設事業が始まるたびに労災保険の加入申請を行い、工期の終了と同時に確定精算を行うのが基本です。
これを「単独有期事業」と呼びますが、額の小さい工事をいくつも手掛ける中小企業にとっては、事務手続きだけで一苦労です。
そこで一定の要件を満たす建設工事については、継続事業と同じように年度ごとにまとめて精算を行う「一括有期事業」が認められます。
一括有期事業が認められるのは、以下のすべての要件を満たした場合のみです。
なお、単独有期事業と一括有期事業の確定精算については後ほど説明します。
ここからは元請けの建設会社が労災保険に加入する場合の流れについて説明します。
労災保険に加入するには、まず労働基準監督署に「保険関係成立届」を提出します。ただし単独有期事業と一括有期事業では届出のタイミングが異なることに注意してください。
単独有期事業では建設事業単位で保険関係成立届を提出します。
提出の期限は事業開始から10日以内です。さらに事業開始から20日以内に「概算保険料申告書」を労働基準監督署・労働局・銀行・郵便局などのいずれかに提出し、保険料を納めます。
一括有期事業は継続事業と同じように、事業所単位で保険関係成立届を提出します。
提出の期限は最初の事業開始から10日以内です。そして最初の事業開始から50日以内に「概算保険料申告書」を労働基準監督署・労働局・銀行・郵便局などのいずれかに提出して保険料を納めます。
なお一括された各事業が始まるたび、それぞれの工事が開始された翌月10日までに「一括有期事業開始届」を提出する必要があります。
労災保険の保険関係が成立したら、工事現場に「労災保険関係成立票」を掲示します。労災保険関係成立票の記載内容は以下の通りです。
このような掲示が義務付けられているのは建設業だけです(他に「建設業の許可票」と「建築基準法による確認済表示版」の掲示も必要です)。
事業や年度が終了したら精算を行い、確定保険料を納付します。
建設事業(工事)が終了したら50日以内に「確定保険料申告書」を提出し、保険料を納付します。
年度更新の期間(6月1日〜7月10日)に「確定保険料申告書」「一括有期事業報告書」「一括有期事業総括表」を提出し、年度分の保険料を納付します。
建設工事は「第◯期工事」のように分割発注されることがあります。また追加発注が発生したり、工期が変更されることも少なくありません。このような場合、労災保険の加入手続きや保険料の納付手続きは以下のようになります。
工事が複数回に分割して発注された場合、まずは最初(第1期)の分について加入手続きや概算保険料の納付を行います。
その後、第2期以降の工事が確定して工期が変更されたら「労働保険名称、所在地等変更届」を提出し、新たな概算保険料と申告済みの概算保険料の差額が13万円以上になった場合は30日以内に「加概算保険料申告書」と「請負金額内訳書(乙)」を提出します。
手続きの流れは分割発注の場合と同じです。
工期の変更が確定した時点で「労働保険名称、所在地等変更届」を提出し、工期が終了したら精算を行います。特に工期が縮小された場合は、納付済みの概算保険料が一部還付されるのが一般的です。
建設事業が始まると、仮に元請け会社が保険関係成立届を提出していなくても、自動的に労災保険に加入したことになります。
ただし事業者による加入手続きがないまま労災事故が発生した場合、「費用徴収制度」の対象となるため注意が必要です。
ケース | 徴収額 |
---|---|
加入手続きについて行政機関から指導等を受けたにもかかわらず事業主がそれに従わず、その期間中に労災事故が発生した場合 | 保険給付額(治療費等)の100% |
加入手続きについて行政機関からの指導等を受けていないが、工事開始日から1年を経過しても事業主が加入手続きを行わず、その期間中に労災事故が発生した場合 | 保険給付額(治療費等)の40% |
建設業の労災保険と一般的な労災保険との大きな違いは「概算保険料」です。
一般的な労災保険では「賃金総額×労災保険率」で保険料を計算しますが、下請けや孫請けの分まで一括して加入する建設業の労災保険では「賃金総額」を予測が難しいケースもあります。
そこで建設業の労災保険では以下の方法で概算保険料を算出し、それに「一般拠出金」を加えた額を納付します
概算保険料の計算式は次の通りです。
負金金額×労務費率×労災保険率 |
このうち「労務比率」と「労災保険率」は年度ごとに見直されます。令和4年度の労務比率と労災保険率は以下の表の通りです。
事業の種類 | 労務費率 | 労災保険率 |
---|---|---|
水力発電施設、ずい道等新設事業 | 19% | 62 / 1,000 |
道路新設事業 | 19% | 11 / 1,000 |
舗装工事業 | 17% | 9 / 1,000 |
鉄道または軌道新設事業 | 24% | 9 / 1,000 |
建築事業 | 23% | 9.5 / 1,000 |
既設建築物設備工事業 | 23% | 12 / 1,000 |
機械装置の組立てまたは据付けの事業 | 組み立てまたは取り付け:38%その他:21% | 6.5 / 1,000 |
その他 | 24% | 15 / 1,000 |
一般拠出金は厳密には「保険料」ではなく、「石綿(アスベスト)健康被害者の救済費用」に充てるための分担金です。
一般拠出金は以下の計算式で算出します。
請負金額×労務費率×一般拠出金率 |
最後の一般拠出金率は、現在のところ事業の種類に関係なく「5/1000」です。
労災保険に加入できるのは「被雇用者」だけです。
このため中小事業主(社長、役員など)や一人親方は加入できないのが原則ですが、例外的にこれらの人が元請け会社の労災保険に加入できる制度が「労災保険の特別加入」です。
労災保険の特別加入はあくまで任意の制度ですが、労働事故発生後にさかのぼって加入することはできないため、慎重に加入を検討することをお勧めします。
以下の要件をすべて満たした事業主は労災保険の特別加入が可能です。
以下の要件をすべて満たした一人親方は労災保険の特別加入が可能です。
なお事業規模が大きくなって従業員を雇う場合、年間100日以上雇用した時点で加入要件を失います。
ただし要件を満たしているなら、中小事業主として特別加入の申請が可能です。
建設業の労災保険には、一般的な労災保険とは異なるさまざまな特徴や注意点があります。労災保険の加入手続きを自社で行う必要があるか、単独有期事業と一括有期事業のどちらで手続きをするか、労災保険の特別加入を申請するかなど、しっかりと理解したうえで判断することが重要でしょう。