宅地造成や農地開拓など、あらゆる土木工事に欠かせない「盛土」。しかし管理の行き届かない盛土には崩落のリスクがあり、ときに人命を危険にさらすこともあります。この記事では2023年5月に施行された「盛土規制法」について、成立の背景や具体的な内容をわかりやすく解説していきます。
盛土規制法とは、盛土等によって引き起こされる災害から国民の生命・身体を守るため、危険な盛土を全国一律の基準で包括的に規制する法律です。
ここではまず、盛土規制法の対象となる「盛土」の定義と、盛土規制法の具体的な目的について説明します。
盛土とは、読んで字のごとく「盛られた土」のことです。たとえば斜面を宅地に造成する場合、平らな区画を作るために土を盛ることが一般的です。こうした盛土は宅地に限らず、森林や農地など、あらゆる土木工事で行われています。
土木工事にともなって発生した残土が、一時的な盛土として放置されるケースも少なくありません。補強や排水対策などが十分に施されていない盛土は他の地盤に比べて脆弱なため、大雨の際に崩壊するリスクがあります。
盛土規制法では土地整備のために行われる盛土はもちろん、一時的な盛土や、土地を削り取る切土、土砂を廃棄する捨土も規制の対象です。一定区域内でこうした盛土や捨土をする際は知事の許可が必要となるほか、盛土等の所在地が公表され、現地には標識が掲げられます。
冒頭でも紹介したとおり、盛土規制法の目的は「盛土等によって引き起こされる災害から国民の生命・身体を守る」ことです。実際、盛土による事故は過去に何度も発生してきました。なかでも2021年7月に静岡県熱海市で起きた盛土の崩落では、28人の方が亡くなるという深刻な被害が発生しています。
実は、宅地造成にともなう土木工事を規制する法律(旧宅地造成規制法)はこれまでも存在していました。ただし規制対象となるのは宅地区域のみで、宅地造成工事以外は規制されないという不完全なものでした。
この課題に対処するため、新たに規定されたのが盛土規制法です。盛土規制法では森林や農地など宅地以外の土地も規制区域として指定でき、宅地造成以外の盛土や捨土などの行為も規制対象となります。
盛土規制法 | 旧宅地造成規制法 | |
---|---|---|
規制される区域 | ・宅地 ・森林 ・農地 ・その他の土地 | 宅地のみ |
規制される行為 | ・宅地造成工事 ・宅地造成以外のための盛土 ・切土 ・捨土 ・一時的堆積 | 宅地造成工事のみ |
盛土規制法の正式名称は「宅地造成及び特定盛土等規制法」です。この名前からも分かるとおり、旧宅地造成等規制法(以後、旧法)の改正という形で成立しました。
改正法の成立日は2022年5月27日、施行日は2023年5月26日です。熱海市の崩落事故は2021年7月3日に発生しているため、事故を受けて急ピッチで法改正が進められたことがわかります。
盛土規制法の要点は、大きく分けて「規制区域」「災害防止のための許可基準」「土地所有者等の責任」「罰則の強化」です。それぞれについて、詳しく見ていきましょう。
規制区域は、旧法から大幅に拡大されて「宅地、森林、農地、その他の土地」となりました。規制区域の指定を行うのは都道府県知事や政令指定都市・中核市の市長ですが、関係市町村への意見聴取や市町村からの指定の申出ができる仕組みも導入されています。
盛土規制法による規制区域は「宅地造成等工事規制区域」と「特定盛土等規制区域」の2種類です。
・宅地造成等工事規制区域…市街地や集落、その周辺など、人家等が存在するエリアについて、森林や農地を含めて広く指定
・特定盛土等規制区域…市街地や集落等から離れているが、地形等の条件から人家等に危害を及ぼしうるエリア(斜面地等)を指定
なお具体的な区域指定は、都道府県ごとのスケジュールで行われます。たとえば東京都の場合は、2024年7月下旬に指定される予定です。
参考:盛土規制法に関するよくある質問(FAQ) | 東京都都市整備局
規制区域で盛土や捨土を行うには、都道府県知事等の許可が必要となります。許可基準のポイントは次のとおりです。
・盛土や切土を行う場合、対象区域の地形や地質に応じて「擁壁の設置」「排水施設の設置」「地盤の締め固め」などの基準を設ける
・土砂の一時堆積の場合、堆積の高さや斜面の勾配、境界柵の設置などの基準を設ける
・許可基準に沿って安全対策が行われているか確認するため、事業者に「施工状況の定期報告」を義務づけ、施工中の「中間検査」と工事完了時の「完了検査」を実施する
詳しい許可基準は都道府県ごとに公表されます。たとえば東京都の場合は、現時点で「盛土規制に係る基準類」が公開されています。
盛土規制法では、盛土等が行われる土地の所有者や管理者などの責任も明記されています。
土地所有者や管理者、占有者に課せられているのは、土地を「常時安全な状態に維持する責務」です。もし管理が不完全で安全性に問題が生じているなら、都道府県知事等は「改善命令(たとえば擁壁の設置を命令するなど)」を出すことができます。ちなみに現在の土地所有者だけでなく、危険の原因を作った過去の土地所有者等(原因行為者)も改善命令の対象です。
さらに、無許可での盛土や安全基準違反、検査を受けないなどの違反があった場合は、造成主や工事施工者に「施工停止命令」や「災害防止措置命令」が出されることもあります。
規制に実効力を持たせるため、違反者への罰則も強化されています。
個人(土地所有者等、原因行為者、造成主、工事施工者、設計者)への罰則…最大3年以下の懲役・1,000万円以下の罰金
法人への罰則(個人への罰則に併科)…最大3億円以下の罰金
すでに説明したとおり、盛土規制法の背景には、盛土が原因で発生した数々の事故があります。なかでも大きな影響を与えたのが、2021年7月3日に静岡県熱海市伊豆山で発生した土石流災害です。
2021年7月3日10時30分ごろ伊豆山地区の上流部で盛土が決壊し、逢初川で大規模な土石流が発生。これにより逢初川沿いの集落が延長約1km、幅120mにわたり被災し、28人が死亡(うち1人は災害関連死)、136棟の建物が全壊・半壊の被害を受けました。
土石流となって流れた土砂のほとんどは、外部から持ち込まれた盛土だといわれています。崩落現場では2007年ごろ、前所有者による不適切な造成工事が行われていました。行政側も強い対応を取らずに問題を放置し、結果として激しい雨や地下水などの影響を受けて盛土の崩落につながったと考えられています。
この事故では制度上の問題も指摘されています。問題となった盛土は宅地造成のために行われたものではなかったため、旧法の規制対象外でした。また現場は宅地、森林、農地のいずれにもあたらない場所で、旧法はもちろん森林法、農地法でも規制できません。こうした法律の「スキマ」が問題の放置につながったとも考えられています。
各自治体は、盛土規制法の施行後5年以内に規制区域の指定完了を目指すこととされています。しかし規制の「スキマ」を作らないためにはできるだけ広い範囲を指定する必要があり、そのためには膨大な調査や事務作業が必要です。自治体には大きな負担がかかると予想されることから、「どこまで実効性を担保できるかが課題」と指摘する声もあります。
盛土規制法は、土木工事に関わる事業者すべてにとって重要な法律です。2028年5月までに都道府県知事等が指定する「規制区域」や「許可基準」をしっかりと把握して、ルールを守って工事を行うようにしましょう。